SDGサミット:2030年への折り返し
2023年9月18・19日、各国の首脳レベルが集まって国連SDGサミットが開催された。これは、2015年に国連で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」(以下SDGsと略)の実施状況に関する包括的なレビューを行い、実施を促進するためのもので、4年ごとに開催されている。2023年は、SDGs達成の目標年である2030年に向けての中間点にあたる。
SDGsの進捗状況については非常に厳しい見方が示されており、グテーレス国連事務総長はサミットの開会演説で「目標の15%しか達成できていない。誰一人置き去りにしないではなく、我々がSDGsを置き去りにしようとしている」*1と進捗の遅れに危機感を示した。これは、サミットに先立って国連が発表した「持続可能な開発報告2023(特別版)」で、「約束(SDGsの実施)は危機に瀕している」*2と警鐘をならしていたことを受けてのことである。同様に、毎年「持続可能な開発報告書」*3を発表している持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)でも、「このままのペースでは2030年までに達成できる目標は一つもない」と進捗の遅れを指摘している。*4
このような危機感に基づき、残りの7年間どうすればよいか、事務局長はまずSDGsの達成に向けての資金の確保をあげ*5、そのためには国際的な金融のアーキテクチャー(制度と流れ)の変革の必要性を強調した。さらに、取り組むべき分野として、食料、再生可能エネルギー、デジタル、教育、ディーセント・ワーク(人間らしい良質な仕事)と社会的保護、地球の危機の6つをあげ、ジェンダー平等はこれらすべての分野に関係する横断的視点であるとして、今こそSDGsの達成に向けての行動の時と鼓舞した*6。また、国連が指名した世界の15名の独立した科学者による「グローバル持続可能な開発報告書 (GSDR)」*7は、2030アジェンダのタイトルである「変革」を中心に*8、SDGsの実施促進こそゲームチェンジ、世界を変える機会とみている。
日本におけるSDGsの進捗と課題
日本では、企業、行政、市民社会を問わずSDGsバッジをつけている人が多く見られ、各メディアはSDGsを冠した番組や紙面を提供している。その結果、日本のSDGsの認知度は90%以上と驚くほど高い*9。しかし認知度の高さとは対照的に、各国のSDGsの達成状況を指数化した国別順位では、日本は2017年の11位から2023年には21位へと順位を下げている*10。中でも目標5ジェンダー平等は、進んでいない目標の筆頭格である。
日本ではSDGsは、総理大臣を長とするSDGs推進本部を中心に、「SDGs実施指針」(以下実施指針と略)に基づいて実施される。実施指針は、国連のSDGサミットに合わせて改定されることになっており、2023年11月に改定案が発表され*11、国民からの意見募集が行われた。12月には新しい実施指針が発表される予定である。指針に基づき毎年「SDGsアクションプラン」が作成され、それに沿って取組が行われるが、実態は各省庁の既存のプログラムを充当するものが多く、SDGsが掲げる目標を達成するためのプランとは言い難い。
進捗状況の検証は、国連で毎年開催されるハイレベル政治フォーラム(HLPF)で各国が報告する自発的国家レビュー(VNR)*12が最も包括的である。HLPFでの報告は毎年50カ国前後に限られるため、各国にとっては4~5年に一度となる。日本の直近の報告は2021年であった*13。進捗を測るためSDGsの169のターゲットに沿ってグローバル指標が定められており、これに対応する日本のデータは外務省のホームページから辿りつけるが*14、収集していないデータもあるため、国連等の報告書と比べての進捗比較や現状把握が難しい。日本におけるSDGsの進捗状況の検証の点では説明責任(アカウンタビリティ)に課題があるといえる。
ジェンダー平等の進展を測る―ジェンダー主流化と交差性(インターセクショナリティ)
国連ウィメンはSDGsの実施を通してのジェンダー平等の達成を検証するために、毎年『ジェンダースナップショット』(以下スナップショットと略) を発表している*15。スナップショットは2つの点で日本におけるSDGsおよびジェンダー平等の推進に参考になる。第1にSDGsの目標5ジェンダー平等だけでなく、17の全目標を通じて、ジェンダー平等の進展と課題を具体的に示していることである。これは「2030アジェンダ」の前文において、SDGsの17の目標の達成のためにはジェンダー視点の主流化が重要と謳われていることを形にしたものといえる。第2の特徴は、交差性(インターセクショナリティ)の視点を示していることである。スナップショット2023からいくつかの目標を例に紹介しよう。
SDGsの目標9「産業・技術革新」では、女性はSTEM(科学・技術・工学・数学)およびICT分野で働く人の4分の1であること、世界の特許保有者に占める女性の比率は17%にすぎないことなどの性別データを紹介している。さらに、女性は技術を利用した暴力 (technology-facilitated violence) にさらされる危険が大きいことに言及し、目標9「産業・技術革新」の達成のためには、科学技術やAI分野でのジェンダー障壁を取り除く必要性やジェンダーに基づく暴力への取組の重要性を示唆している。ジェンダーに基づく暴力は目標5や目標16「公正と平和」で言及されることが多いが、目標9の達成にとっても大切であることが分かる。加えて目標9では、AIによる顔や声の認証システムが、肌の色が白い男性に比べて色が濃い女性の認証に問題があるとの知見を紹介し、開発者の性別や人種の偏りがもたらす問題点を指摘し、多様な人が開発に参画する必要性に注意を喚起している。
目標11「持続可能なまちづくり」に関しては、2050年には世界の女性と少女の7割が都市に住みその3分の1はスラムなど不適切な居住環境に住むとの予測を紹介し、ジェンダー平等の視点から居住分野への公的投資の必要性を強調している。また、女性の障害者は女性全体の18%と推定されるが、各国の障害者に関する政策の中で女性の権利の保護と推進を掲げている国は27%(190カ国中52)に過ぎないとして、目標11の実施に当たり、障害のある女性の居住の権利保障を含めるべきことを示唆している。日本でもまちづくりに障害者の視点を含めている自治体は少なくないがジェンダーの視点を提起しているところはどのくらいあるのか、検証が必要である。
目標13気候変動に関しては、2050年までに気候変動のために1億6千万人の女性と少女が極度の貧困に陥り、2億4千万人の女性が食料不足になる危険があるとの性別データを示しているだけでなく、国連気候変動枠組み条約のパリ協定に基づいて各国が提出を義務付けられている自国の温室効果ガスの排出削減に関する報告書である国が決定する貢献(NDC)において、ジェンダー平等に言及しているのは55カ国、女性を変革の担い手と位置づけているのはわずか23カ国に過ぎないとのデータも紹介している。このように、目標13気候変動の達成には目標1の貧困課題と目標5ジェンダー平等が関係することを示している。
また、スナップショット2023は特に高齢者女性に焦点を当て、高齢者女性の貧困だけでなく高齢者女性に対する暴力の問題に注意を向けている。超高齢社会の日本こそ今後のSDGsの実施に高齢者女性の人権や尊厳の問題を主流化する必要があることを喚起してくれる。スナップショットでは、単に性別データだけでなく多様な人びとの多様な課題を示そうとしており、日本におけるSDGsの実施の検証の参考になる。
最後に、日本でSDGsの実施を通じてジェンダーに関する進展が見られたことを一つ紹介しよう。SDGsの各テーマに対する認知度*16および理解度*17調査によると、テーマの一つであるジェンダー平等についての認知度は90.2%で、食品ロスに続いて第2位、理解度に関しては食品ロス、再生可能エネルギーに続いて第3位(22.8%)であった*18。少なくともSDGsはジェンダーという言葉に対するアレルギーを取り除くのには貢献したと言える。
SDGs実施指針改定案でも認めているように*19、日本における目標5ジェンダー平等の遅れは明らかである。このことは、今後2030までの後半の7年間にジェンダー平等への取組を加速し成果を上げれば、困難な課題に取り組んだ国としてポストSDGsに向けて世界の動きをリードすることも可能であることを意味する。日本のSDGs達成の鍵は、ジェンダー平等への取組にあるといえる。