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希望を生み出す

-小川健一郎(大阪YMCA 総主事)

世界に120の国と地域で活動をしているYMCAでは国際会議が頻繁に行われている。オーストラリアのCEOが議長をする会議では、国際会議であっても、オンラインであっても、会議の初めに、「今、私たちがいる場所は先住民の土地であることを理解し、敬意を払うことから始めます」という言葉で始まる。オーストラリアでは一般的なようである。特定の国や地域に限らず、支配してきた歴史がある人々は支配されてきた人々のことを、強者は弱者の気持ちを想像して尊重すること、そのことを忘れないようにすることを習慣化することには意義がある。

文部科学省の調査によると、2022年度の小学校、中学校の不登校の人数は約30万人、小学校で1.7%、中学校で6%の増加傾向であり、若者の生きづらさが顕著である。一人の人間のいのちの価値はいつの時代においても変わらないのはその通りだが、少子化が進み、高齢者を支える現役世代の割合が減る中、若者一人ひとりに対する社会の期待は高まっている。

日本の学校の教室を覗くと、きちんと並べられた生徒用の机といすが黒板に向かって整然と並んでいる。生徒は黒板に向かって座り、教師は黒板を背にして生徒の方を向く。時々、班で何かをすることはあっても、学習は教師が主導権を握り、教師は生徒に教え、生徒は教師から教えてもらう関係にある。

大人が何を学ぶべきか定め、どのように勉強したらいいかを教え、さらには、将来このような仕事をして人生を過ごしていくのが成功者なのだと暗に示すとなると、若者が自分で考える余地がなくなってくる。そもそも、思春期を迎える若者は、止められない急激な身体の成長に心の成長が追い付かず、大人以上にストレスや不安を抱えている。多くの生きづらさを感じる若者を前に、私たちは何をするべきだろうか。

大阪YMCAは、設置する法人の一つに、学校法人大阪YMCAがあり、5校の学校を運営している。大阪YMCA国際専門学校、YMCA学院高等学校(通信制)、大阪YMCA学院(留学生対象の日本語学校)、Osaka YMCA International School(IBを採用した国際学校)、大阪府立水都国際中学校・高等学校(IBを採用し、探究型授業を重視した公立学校)。

その中の一つ、大阪YMCA国際専門学校高等課程に、表現コミュニケーション学科がある。生徒の7割は、中学校に行くことが出来ず不登校経験者である。入学式の時に校長がいう言葉がある。「制服がないのでスカート丈をはかることはしません。髪の毛の色をチェックすることもしません。教師が見るのは、生徒の顔です」「今は不安が大きいかもしれません。でも学校生活を通して、今の心配は安心に変わっていきます」「失敗するのはダメだ、失敗する自分はダメだと自分を責めるのではなく、人と違うことであってもやりたいこと、面白いことに進んで取り組んでいこう。私たちが応援します」と呼びかける。これは、自分が信じて行ってきた子育てが上手くいかない悩みを持つ保護者に、画一的な価値観を押し付けてきてはいないかを問い、生徒も親も共に希望を取り戻していこうというメッセージである。

大阪YMCAでは、多様な性があるということを授業で伝え各校で取り組みを進めている。例えば、生徒を呼ぶ際には「~さん」。出席簿に男女の欄を設けず、活動では男女で分けることはしない。制服はパンツ、スカートを自分で選ぶことができる。宿泊を伴う行事では、生徒との対話を重視して向き合う。LGBTQの生徒の声に耳を傾け、ジェンダー平等を含む多様な価値観を大切にしている。教師だけではなく、生徒自身もどうあるべきかを考えて提案をする。

Osaka YMCA International Schoolで、新たに校長を選出するために、世界中に求人を出した。その選考のプロセスに、現生徒と保護者の面接を行いたいとの提案があり、恐る恐る承認した。生徒からは「校長として生徒とどのように向き合いたいと考えているのか」等の質問があり、保護者からは保護者とのコミュニケーションや教育観のみならず、「地域の中の学校として存在していくためにどのような考えを持っているか」などの質問があった。結果は、多様な視点からの問いがあり、候補者にとっては校長職をより真剣に考えるプロセスとなり、私たち採用者側も学校が目指すべきものを考える良い機会になった。

組織の責任を担っていると、ジェンダー平等をも含む多様な価値観を背景にした提案にどう向き合うか迫られ、判断に悩む。目標を定め、その実現のためにルールや約束事を決めており、これらを守ることは大切である。しかし、そこから一旦離れ、心を開いて多様な意見を聴く私たち自身の姿勢が、包摂性、多様性を実現する新たな視点、新たな価値観の創造となる。現在同じコミュニティで共に生活している人だけではなく、将来そのコミュニティに迎える人とも向き合って考えていきたい。

 

【小川健一郎氏 略歴】

1994年東洋大学経営学部経営学科卒業。学生時代、バングラデシュで識字率を高めるための寺子屋づくりを進める活動に携わり、2度バングラデシュに行った。

 

東京YMCAに就職し、ホテル専門学校の担任、アメリカ、ヨーロッパへの海外研修引率、就職指導室責任者。2001年から開発担当として民間企業と東京都の青少年の家の再開発に携わった。発達障害児や自閉症児の野外活動も担当し、本人及び家族の喜びや心配事を知った。

 

2004年から北九州YMCAで運営全般を担当。日本語学校校長として、中国、ベトナム、モンゴル、ネパール、スリランカを頻繁に訪問し、保護者と共に日本留学で実現できる将来計画を考えた。高齢化が進む門司港地域で、北九州市、自治連合会と協議を行い、新たな学童保育の運営に取り組んだ。2008年から総主事に就任し、地域の国際化、子どもの心身の健全育成に取り組んだ。

 

2018年大阪YMCA総主事に就任し、社会教育事業、学校教育事業、福祉事業に取り組んでいる。YMCAは全人教育を掲げており、学校教育と福祉の垣根を下げて不登校支援、学校教育と社会教育の垣根を下げて国際的な視野を育む教育プログラムに挑戦している。

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