「ベナジールとチア-私の出会った二人の女性」
- 日 時 2009年6月23日(火)18:00~19:15
- 場 所 北九州市立男女共同参画センター5F 小セミナールーム
- 講 師 日本赤十字九州国際看護大学学長 喜多悦子
- 参加者 34人
喜多先生がこれまでのご活動の中で実際にお会いになった2人の女性の対比を軸に、アジアの女性の自由と開発について、ご講演いただきました。
【講演要旨】
ベナジール・ブット首相(パキスタン)は1988年、35歳でイスラム圏では初の女性首相に任命された。彼女は、アメリカやイギリスで西洋的な教育を受けた人物である。亡命先のイギリスから帰国し、選挙出馬の際、出産予定日と選挙日が重なっていたが、予定日を偽っていたため、当選したとの噂もあった。妊娠さえ、政治的に使われる国があることを知って、いささか驚いた。
1988年2月から1990年12月と1993年10月から1996年11月の2回、首相となったが、2人の弟も政争中に死亡するという政治家一家ブット一族の一員であり、女性だから首相になったというわけではない。また、カシミールの領土問題を巡って、インドとは長年対立関係にあるが、妊娠中に、険しい山系にある軍事基地を訪問した。危険を冒し、国を守るために行かなければならなかったのだろうが、日本では考えられないと思う。
パキスタンは、北部には山岳地帯があるが、その他は平地で、開放的な明るい農業国である。国土面積は日本の2倍、人口は日本よりやや多い。農業国であり、封建的で伝統的な部族社会が残っている。北部には、幹線道路は国の法律下にあるが、一歩道路から外れると部族の掟が全てを律する地帯も多く、容易にメディアが写真撮影もできない。しかし、部族地域の中では、女性はかぶり物をしていないし、その中に居る限り、平和で保護されている。伝統的なイスラム文化圏には、民族、宗教、長年の習慣と難しい条件が多くあるが、関与するには、ローカルの文化をどのように理解するかが今後の課題であろう。ベナジール・ブット氏は、そのような閉ざされた世界の名門一族の代表とみるべきである。
人間開発指数を開発した経済学者マブーブル・ハック氏はパキスタン人であるが、その考えはパキスタンの女性にはフィードバックされていない。なお、パキスタンの女性は十分、力を発揮して生きるには難しい環境にある。人口の4分の1から3分の1は栄養障害の状態にあり、保健サービス、所得といった点から見ても人口の2分の1は貧困状態にある。特に農村部の女性は教育においても恵まれていない。部族地域に入ると女性は守られているがその仕組みを超えることはできないし、困難だろう。ベナジール・ブット氏が首相になったことと農村部の女性の間につながりはほとんどないと思う。パキスタンの女性のステータスを通してのべナジール・ブットということは言えない。
2002年、ポルポト時代以来の長い内戦後の復興に向かったカンボジアで、紛争が女性の健康と立場にどのような影響を及ぼしているかの調査を行った。何人かの人にインタビューした中の一人がチアさんである。
カンボジア、プノンペンの国立母子(産科)センターでチアと名乗る女性に面談した。20代後半、薄汚れた服装で、皮膚に艶がなく、およそ健康とは言えない状態だった。セックスワーカーではないと自分ではいうが、相手をしてくれた男性から一回2、3ドルのお金をもらって生活しているという。昨夜は公園で寝たというし、雨の日は病院の玄関で寝るともいう。彼女は自由でどこにでも行くことが出来る。パキスタンの村の掟に従って生きている女性は村を出ていくことは出来ないが食物もシェルターもある。比較にならないが、どちらが良いかは疑問だと思う。
カンボジアの国土面積は日本の2分の1程度で、復興に入った時700万だった人口は現在、倍になっている。1992年に保健医療の調査で訪れた際、医師は 42人と聞いた。80年代は国を閉ざしていたので新しい知識が入っていない。町のはずれでは、明らかに体を売っているとみえる女性がたむろする地域があったが、2008年に行った時にも、それが解消しているとは思えなかった。自由はある。しかし、お金が動いているところはマレー系または華僑が牛耳っていると聞いた。アンコールワットの周辺は5つ星のホテルが林立していた。
アジアの女性元首には、以下のような人物が挙げられる。
- インド:インデラ・ガンジー首相、プラティバ・デヴィーシン・パティル大統領
- インドネシア:メガワテイ・スカルノプトリ大統領
- スリランカ:シリマヴォ・バンダラナイケ首相(世界初)、チャンドリカ・B・クマラトゥンガ大統領
- バングラディシュ:シェイク・ハシナ首相
- 韓国:韓明淑首相
- パキスタン:ベナジール・ブット首相
- フィリピン:コラソン・アキノ大統領 、 グロリア・アロヨ大統領
彼女たちのほとんどは名門出身であって、その国の女性のステータスとイコールであるとは言えない。しかし、日本は首相どころか閣僚も少ないので、他国のことは言えないと思う。
アジアの女性を考える時ジェンダー指数と同じように女性の人間の安全保障指数も必要だと思っている。カンボジアのチアやパキスタンの部族の女性からも分かるように自由と開発は一致していない。経済開発と女性、教育と女性、女性の健康、政治・国の管理と女性という点について翻って我が国はどうなのか考えていきたい。
世界平和度指数とは、イギリスのエコノミスト誌が24項目の分析から世界各国・各地域の平和度を相対的数値化したものであるが、この中で女性がどういう立場にいるか考えていく必要があると思う。
赤十字は紛争や災害の後に救助に行く組織であるが、重要なことは予防である。そのために国際人道法を大事に考えている。国際人道法という法律があるのではなく人権法や基本的な法律を国際的にまとめて、通称このように言っている。このような考えを広めていくことが赤十字の役目である。紛争や災害のあとは男、女ではなくヒューマンとして取り組むことが必要であると思っているが、これからは女性の立場について声をあげていきたい。
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