目次
- フィリピンにおけるライスケ-キと女性の地位
-バトリシア・B・リクアナン(元フィリピン高等教育大臣) - ジェンダ-平等はSDGs達成の鍵
-織田 由紀子(JAWW(日本女性監視機構)役員)
-織田 由紀子 (JAWW(日本女性監視機構)役員)
今回、節目となる100号は、国連第4回女性会議で「北京宣言と行動綱領」の交渉を主導して国連でも活躍され、フィリピンで長い期間に渡り、女性の高等教育に携われた、バトリシア・B・リクアナン元フィリピン高等教育大臣にフィリピンのジェンダ-問題を語っていただきました。またアジア女性交流・研究フォ-ラムで研究員を務められ、大学、NGOなどで、長年ジェンダ-問題に関わってこられた、織田由紀子さんに、SDGsの達成の鍵について解説いただいています。
フィリピンにおけるライスケーキと女性の地位
バトリシア・B・リクアナン
社会心理学者、教育者、女性の権利とエンパワーメントの活動家。アテネオ・デ・マニラ大学心理学科教授・学科長、同大学学務副学長、ミリアム大学学長を歴任。フィリピン女性の役割に関する国家委員会(現フィリピン女性委員会)、国連女性の地位委員会、アジア・太平洋地域のNGOネットワークで委員長を務め、国内外の女性運動で指導的役割を果たしてきた。1995年に中国の北京で開催された国連第4回世界女性会議では、「北京宣言と行動綱領」の交渉を主導した。2010年から2018年までフィリピン高等教育大臣。
フィリピンのジェンダー平等と女性のエンパワーメントには多くの要因があります。公式の政策は、女性と男性の平等を確認し、女性が国民生活において果たす重要な役割を認識しています。フィリピン憲法には明確なジェンダー平等規定があります。包括的な「女性と開発及び国家建設法」や、より最近の「女性のマグナカルタ」など、多くの重要かつ進歩的な法律があります。フィリピンは、アジアで初めて反セクシュアルハラスメント法を制定した国で、最近では「安全な空間法」に拡充されました。
コラソン・アキノ大統領の任期中に、初めてのフィリピン女性開発計画が立ち上げられ、その後もいくつかの後続計画が続きました。これらの国家計画の重要性は、フィリピン開発計画の一環として、女性、女性のイシュー(問題)、および女性の貢献を国家計画とプログラムすべての政府機関の業務の一部としていることです。女性のための政府の活動も、予算の5%をジェンダー平等と女性のエンパワーメントのプログラムに充てる「ジェンダー予算」(国立大学を含む、すべての政府機関の予算が対象)の創設により改善・向上しました。
国内政策に加えて、女性の権利に関する国際協定、例えば「女子差別撤廃条約」や「北京宣言及び北京行動綱領」なども重要な役割を果たしています。これらに署名したフィリピン政府だけでなく、4人のフィリピン女性が国連女性の地位委員会(UNCSW)の議長を務め、これらの画期的な文書の策定に大きく関与していたことに注目すべきです。
世界経済フォーラム「グローバルジェンダーギャップ指数」が2006年に発表されて以来、フィリピンは10年以上にわたり常にトップ10に入っていました。現在のフィリピンの順位は低くなりましたが、それでもトップ20に入っており、ここに入っている唯一のアジアの国です。そして、アメリカが初の女性副大統領を祝っている一方で、フィリピンは2人の女性副大統領と2人の女性大統領、さらに何人かの高い地位に就いている女性がいます。
ジェンダー平等と女性のエンパワーメントは、立法、政策及び指導力に加えて、草の根レベルで強力で活気に満ちた女性の運動、進歩的な法律と政策を推進し、サポートする女性NGO、そして重要な問題で自分たちの声を聞かせようとする女性NGOによって推進されています。
フィリピンにおける女性の地位は、女性運動が「ビビンカの原則」と呼ぶもので推進され、向上しています。ビビンカは国民的な美味であり、もち米の粉、卵、少しの砂糖から作られ、地元の白いチーズ、塩漬けのアヒルの卵、すりおろしたココナッツがトッピングされています。これを作るのは時間がかかるプロセスで、生地を丸い鍋に流し込み、その下に熱い炭を置き、さらに上にも熱い炭を置くというものです。実際、ビビンカは下からも上からも燃える炭で調理されています。そのため、女性の地位は上からの進歩的で啓蒙的な立法、政策、指導力による火と、下からの組織された、ダイナミックで勇敢なNGOによる火によって推進されています。
ですから、フィリピンの女性の地位には多くの事柄が働いています。しかし、問題もあります。女性は学校の入学、卒業の数で男性を上回っていますが、これらの成果が必ずしも良い仕事へのアクセスや仕事や昇進の機会での平等につながっているわけではありません。男性の平均賃金は都市部、農山漁村部ともに女性より高く、行政等の管理職、政治家としての地位に占める女性の割合は低いです。
否定的な態度やステレオタイプが社会に存在し、作用しています。これは、特に政治で顕著であり、根強い差別が作用しています。多くの人々が男性の方が優れた政治的リーダーであると信じています。そのため、女性は、選挙人の少なくとも半分を占めているにもかかわらず、候補者は少なく、深刻な状況が続いています。女性に対する暴力は様々な形で存在しており、これには、家庭内暴力、レイプ、セクシュアルハラスメント、トップの男性リーダーからの女性差別的な発言などが含まれます。
したがって、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための提唱と行動は続けられなければなりません。フィリピンの「グローバルジェンダーギャップ指数」の順位が低下した評価を分析し、是正する必要があります。「ビビンカの原則」は、より熱意と決意をもって適用されるべきです。
ジェンダー平等はSDGs達成の鍵
織田 由紀子
JAWW(日本女性監視機構)役員
これまで、(公財)アジア女性交流・研究フォーラム研究員のほか、大学教員、JICAプロジェクト専門家、委員会委員、NGO役員など、広く、研究、教育、開発実務、市民社会分野の活動に関わってきた。専門分野はジェンダーと持続可能な開発。SDGsに関しては、2012年の国連持続可能な開発会議(リオ+20)の誕生以降、2015年の「アジェンダ2030」の採択、その後日本での実施過程を、ジェンダーと市民社会の立場から関与してきた。近著は「環境・気候変動とジェンダー平等―どう相乗効果を生み出してきたか」『国際女性』No.36、2022年。
SDGサミット:2030年への折り返し
2023年9月18・19日、各国の首脳レベルが集まって国連SDGサミットが開催された。これは、2015年に国連で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」(以下SDGsと略)の実施状況に関する包括的なレビューを行い、実施を促進するためのもので、4年ごとに開催されている。2023年は、SDGs達成の目標年である2030年に向けての中間点にあたる。
SDGsの進捗状況については非常に厳しい見方が示されており、グテーレス国連事務総長はサミットの開会演説で「目標の15%しか達成できていない。誰一人置き去りにしないではなく、我々がSDGsを置き去りにしようとしている」*1と進捗の遅れに危機感を示した。これは、サミットに先立って国連が発表した「持続可能な開発報告2023(特別版)」で、「約束(SDGsの実施)は危機に瀕している」*2と警鐘をならしていたことを受けてのことである。同様に、毎年「持続可能な開発報告書」*3を発表している持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)でも、「このままのペースでは2030年までに達成できる目標は一つもない」と進捗の遅れを指摘している。*4
このような危機感に基づき、残りの7年間どうすればよいか、事務局長はまずSDGsの達成に向けての資金の確保をあげ*5、そのためには国際的な金融のアーキテクチャー(制度と流れ)の変革の必要性を強調した。さらに、取り組むべき分野として、食料、再生可能エネルギー、デジタル、教育、ディーセント・ワーク(人間らしい良質な仕事)と社会的保護、地球の危機の6つをあげ、ジェンダー平等はこれらすべての分野に関係する横断的視点であるとして、今こそSDGsの達成に向けての行動の時と鼓舞した*6。また、国連が指名した世界の15名の独立した科学者による「グローバル持続可能な開発報告書 (GSDR)」*7は、2030アジェンダのタイトルである「変革」を中心に*8、SDGsの実施促進こそゲームチェンジ、世界を変える機会とみている。
日本におけるSDGsの進捗と課題
日本では、企業、行政、市民社会を問わずSDGsバッジをつけている人が多く見られ、各メディアはSDGsを冠した番組や紙面を提供している。その結果、日本のSDGsの認知度は90%以上と驚くほど高い*9。しかし認知度の高さとは対照的に、各国のSDGsの達成状況を指数化した国別順位では、日本は2017年の11位から2023年には21位へと順位を下げている*10。中でも目標5ジェンダー平等は、進んでいない目標の筆頭格である。
日本ではSDGsは、総理大臣を長とするSDGs推進本部を中心に、「SDGs実施指針」(以下実施指針と略)に基づいて実施される。実施指針は、国連のSDGサミットに合わせて改定されることになっており、2023年11月に改定案が発表され*11、国民からの意見募集が行われた。12月には新しい実施指針が発表される予定である。指針に基づき毎年「SDGsアクションプラン」が作成され、それに沿って取組が行われるが、実態は各省庁の既存のプログラムを充当するものが多く、SDGsが掲げる目標を達成するためのプランとは言い難い。
進捗状況の検証は、国連で毎年開催されるハイレベル政治フォーラム(HLPF)で各国が報告する自発的国家レビュー(VNR)*12が最も包括的である。HLPFでの報告は毎年50カ国前後に限られるため、各国にとっては4~5年に一度となる。日本の直近の報告は2021年であった*13。進捗を測るためSDGsの169のターゲットに沿ってグローバル指標が定められており、これに対応する日本のデータは外務省のホームページから辿りつけるが*14、収集していないデータもあるため、国連等の報告書と比べての進捗比較や現状把握が難しい。日本におけるSDGsの進捗状況の検証の点では説明責任(アカウンタビリティ)に課題があるといえる。
ジェンダー平等の進展を測る―ジェンダー主流化と交差性(インターセクショナリティ)
国連ウィメンはSDGsの実施を通してのジェンダー平等の達成を検証するために、毎年『ジェンダースナップショット』(以下スナップショットと略) を発表している*15。スナップショットは2つの点で日本におけるSDGsおよびジェンダー平等の推進に参考になる。第1にSDGsの目標5ジェンダー平等だけでなく、17の全目標を通じて、ジェンダー平等の進展と課題を具体的に示していることである。これは「2030アジェンダ」の前文において、SDGsの17の目標の達成のためにはジェンダー視点の主流化が重要と謳われていることを形にしたものといえる。第2の特徴は、交差性(インターセクショナリティ)の視点を示していることである。スナップショット2023からいくつかの目標を例に紹介しよう。
SDGsの目標9「産業・技術革新」では、女性はSTEM(科学・技術・工学・数学)およびICT分野で働く人の4分の1であること、世界の特許保有者に占める女性の比率は17%にすぎないことなどの性別データを紹介している。さらに、女性は技術を利用した暴力 (technology-facilitated violence) にさらされる危険が大きいことに言及し、目標9「産業・技術革新」の達成のためには、科学技術やAI分野でのジェンダー障壁を取り除く必要性やジェンダーに基づく暴力への取組の重要性を示唆している。ジェンダーに基づく暴力は目標5や目標16「公正と平和」で言及されることが多いが、目標9の達成にとっても大切であることが分かる。加えて目標9では、AIによる顔や声の認証システムが、肌の色が白い男性に比べて色が濃い女性の認証に問題があるとの知見を紹介し、開発者の性別や人種の偏りがもたらす問題点を指摘し、多様な人が開発に参画する必要性に注意を喚起している。
目標11「持続可能なまちづくり」に関しては、2050年には世界の女性と少女の7割が都市に住みその3分の1はスラムなど不適切な居住環境に住むとの予測を紹介し、ジェンダー平等の視点から居住分野への公的投資の必要性を強調している。また、女性の障害者は女性全体の18%と推定されるが、各国の障害者に関する政策の中で女性の権利の保護と推進を掲げている国は27%(190カ国中52)に過ぎないとして、目標11の実施に当たり、障害のある女性の居住の権利保障を含めるべきことを示唆している。日本でもまちづくりに障害者の視点を含めている自治体は少なくないがジェンダーの視点を提起しているところはどのくらいあるのか、検証が必要である。
目標13気候変動に関しては、2050年までに気候変動のために1億6千万人の女性と少女が極度の貧困に陥り、2億4千万人の女性が食料不足になる危険があるとの性別データを示しているだけでなく、国連気候変動枠組み条約のパリ協定に基づいて各国が提出を義務付けられている自国の温室効果ガスの排出削減に関する報告書である国が決定する貢献(NDC)において、ジェンダー平等に言及しているのは55カ国、女性を変革の担い手と位置づけているのはわずか23カ国に過ぎないとのデータも紹介している。このように、目標13気候変動の達成には目標1の貧困課題と目標5ジェンダー平等が関係することを示している。
また、スナップショット2023は特に高齢者女性に焦点を当て、高齢者女性の貧困だけでなく高齢者女性に対する暴力の問題に注意を向けている。超高齢社会の日本こそ今後のSDGsの実施に高齢者女性の人権や尊厳の問題を主流化する必要があることを喚起してくれる。スナップショットでは、単に性別データだけでなく多様な人びとの多様な課題を示そうとしており、日本におけるSDGsの実施の検証の参考になる。
最後に、日本でSDGsの実施を通じてジェンダーに関する進展が見られたことを一つ紹介しよう。SDGsの各テーマに対する認知度*16および理解度*17調査によると、テーマの一つであるジェンダー平等についての認知度は90.2%で、食品ロスに続いて第2位、理解度に関しては食品ロス、再生可能エネルギーに続いて第3位(22.8%)であった*18。少なくともSDGsはジェンダーという言葉に対するアレルギーを取り除くのには貢献したと言える。
SDGs実施指針改定案でも認めているように*19、日本における目標5ジェンダー平等の遅れは明らかである。このことは、今後2030までの後半の7年間にジェンダー平等への取組を加速し成果を上げれば、困難な課題に取り組んだ国としてポストSDGsに向けて世界の動きをリードすることも可能であることを意味する。日本のSDGs達成の鍵は、ジェンダー平等への取組にあるといえる。
*2 https://unstats.un.org/sdgs/report/2023/
*3 https://www.sustainabledevelopment.report/reports/sustainable-development-report-2023/
*4 https://www.sustainabledevelopment.report/news/press-release-sustainable-development-report-2023/
*5 開発途上国における資金不足に関しては2023年2月「SDGs達成のための刺激策」を発表。
https://www.un.org/sustainabledevelopment/wp-content/uploads/2023/02/SDG-Stimulus-to-Deliver-Agenda-2030.pdf
*7 https://sdgs.un.org/sites/default/files/2023-09/FINAL%20GSDR%202023-Digital%20-110923_1.pdf
*8 蟹江憲史「折り返し点を迎えるSDGs達成へ向けた課題」『国際秩序の危機―グローバル・ ガバナンスの再構築に向けた 日本外交への提言』、地球規模課題研究会報告書、日本国際問題研究所、2023 pp.57-66
https://www.jiia.or.jp/pdf/research/R04_Global_Issues/01-06.pdf
*9 電通、第6回「SDGsに関する生活者調査」
https://www.dentsu.co.jp/news/release/2023/0512-010608.html
*10 SDGs市民社会ネットワークウエブ記事
https://www.sdgs-japan.net/single-post/sdsnreport2023
*11 https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=350000208&Mode=0
*12 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/vnr/
*13 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/vnr/
*14 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/statistics/index.html
*16 「内容を詳しく説明できるくらい知っている」「簡単な内容なら説明できるくらい知っている」「説明できるほどではないが、一応内容まで知っている」「聞いたことがある程度」の合計
*17 「内容を詳しく説明できるくらい知っている」「簡単な内容なら説明できるくらい知っている」の合計
*18 https://www.dentsu.co.jp/news/release/2023/0512-010608.html
*19 https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000262018
今回のWeb版Asian Breezeはいかがでしたか。ぜひご意見、ご感想をお聞かせください。
Eメール→info@kfaw.or.jp